タイムライン 時間に触れるためのいくつかの方法 | TIMELINE: Several ways to touch time

「タイムライン」展開催にあたって、イダショウイチスタジオからは、27枚の《タントラ》(未公開作品)をお預かりし、調査と分析を行いました。会場では、この未公開の《タントラ》のうち7点を、スタジオに残されていた《タントラ》展示用額におさめ、表と裏の両面から鑑賞できる方法で公開しています。

HP上では、会場に展示された作品以外のいくつかの作品をさらにご紹介します。


井田照一《Tantra》未公開作品

イダショウイチスタジオ所蔵

No. 218

触体 新ブドウ酒禁 “触体” / 紙、端切れ、色付き和紙小片、水彩、油彩、鉛筆 / 1986年

斜光線

調査対象に、斜めの一方向から光を照射することで、作品表層の起伏や、損傷の有無(擦れ、欠損、剥離など)を確認する分析方法です。本作品の場合は、斜めからの光によって作品上半分のゆるやかな変形や、和紙全体の繊維の毛羽立ち、コラージュされた端切れの皺の様子などが顕著に浮かび上がっている様子を見て取ることができます。

紫外線

調査対象に、紫外線を照射すると、吸光・蛍光反応の違いから情報を読み取ることができます。修復調査においては、この分析方法を用いることで、作品に補彩(後の時代に描き加えられたり、描き重ねられたりした箇所)があるかどうかや、ワニスのむらなどを確認します。本作品では、オレンジとピンクの端切れが紫外線に異なる蛍光反応を示していることがよくわかります。この違いは、布の染料そのものの性質に加え、過去にこの端切れが洗濯されたときに用いられた衣料用洗剤に由来する可能性があります。洗剤に添加される蛍光増白剤は、蛍光性能(フォトルミネセンス)を持つ染料であるため、紫外線を照射すると時に独特の蛍光を示します。一方、布の上に小さく一文字状に描かれた黄色の絵の具は、紫外線を吸光し、黒く反応しています。

部分


No. 203

円の中の五行 内庫五行色 / 紙、油彩、金箔、鉛筆 / 制作年不詳

赤外線

赤外線は、可視光領域の赤色光よりも波長が長い光で(700 nm – 1400 nm)、薄いものは透過する性質があります。調査対象に照射すると、内部に残った下書きなどを画像として写し出すことができます。染料系の絵の具には反応しませんが、鉱物性の絵の具は、赤外線を吸収することで、黒く写ります。

蛍光エックス線分析元素マッピング

RGB赤緑青合成
R:Zn G:Ti B:Co / 赤:亜鉛 緑:チタン 青:コバルト

Zn 亜鉛

Ti チタン

Co コバルト

絵画の組成や構造を分析するためにはいくつかの選択肢がありますが、蛍光エックス線分析は、エックス線を試料に照射した時に発生するエネルギーや強度を計測する調査方法です。それぞれの元素によって異なるエネルギーと強度を手掛かりに原子の種類を特定し、それが含まれる絵の具を調べることで、画家が使用した絵の具を推測することができます。近代以降、印象派をはじめ、様々な画家の作品調査に採用されてきた光学調査です。本作品を対象にした調査では、白色部分及び白が混色された緑色の箇所から顕著にチタン(Ti)が検出されていることから白色絵の具にはチタニウムホワイトを、青色部分からはコバルト(Co)が検出されていることから青色絵の具にはコバルトブルーを、また、亜鉛(Zn)が他部位から比較的均等に検出されたことからチタニウムホワイト以外の白色絵の具としてジンクホワイトを、作家が併用していた可能性が指摘できます。


No. 206

in water complex time / 紙、油彩、インク、鉛筆 / 1976年

斜光線

本作品の斜光線では、右端にある皺、破れ、中央部分を斜めに走る変形などが確認できます。

紫外線

紫外線写真を確認すると、肉眼では確認がほとんどできないものの、作品全体に何らかの液体の飛沫のようなものが飛散して、明るく蛍光している様子が確認できます。おそらく、制作段階で飛び散り、付着した何かの痕跡でしょう。中央の渦を巻いたような絵の具の部分は全体的に暗く吸光していますが、その中で、チタン(Ti)が検出された白色の絵の具(チタニウムホワイト)の箇所だけは、淡いピンク色の蛍光を示しています。

部分写真:普通光

部分写真:斜光

斜光線下では、普通光の元では確認しづらい絵の具の盛り上がりや、筆致、絵の具を塗り重ねた順番が浮かび上がります。井田は、おそらく最初に白色の絵の具を塗り、その後に緑、青、紫などを重ね、元々の白色部分上に太筆でさらに白色絵の具を注意深く塗り重ね、最後に黒色の細筆で渦巻きを描いたことがわかります。

蛍光エックス線分析元素マッピング

RGB赤緑青合成
R:Ca G:Ti B:Fe / 赤:カルシウム 緑:チタン 青:鉄

Ca カルシウム

Ti チタン

Fe 鉄

本作品の調査でも、蛍光エックス線分析を行っています。先の作品では青を使用したところからコバルト(Co)が検出されましたが、今回は鉄(Fe)が検出されており、おそらくここではプルシアンブルーが用いられたと推測されます。


No. 202

in water complex time / 紙、鹿革、色付き和紙小片、水彩、油彩、インク、鉛筆 / 制作年不詳

部分-1

部分-2

革をコラージュした本作品では、顕微鏡観察をすることで、革目の様子を観察することができます。


No. 22

四部化身カルマ 照一画 / 紙、紙シール、紐、水彩、油彩、インク、鉛筆 / 1989年

斜光線

本作品の斜光線写真では、和紙の擦れや下方向の擦れが確認できます。

紫外線

作品に穴が開けられ紐が通された作品は、本展覧会会場にも展示されています(豊田市美術館所蔵)。紫外線写真を見ると、紐とオレンジ色の絵の具が蛍光反応を示している様子がわかります。

蛍光エックス線分析 計測エリア

Ti チタン

Cu 銅

Ni ニッケル

Zn 亜鉛

本作品の調査でも、蛍光エックス線分析を行っています。先の作品では青を使用したところからコバルト(Co)が検出されましたが、今回は鉄(Fe)が検出されており、おそらくここではプルシアンブルーが用いられたと推測されます。